iPS細胞を用いた軟骨治療

iPS細胞を用いた軟骨治療

2019年11月27日にiPS細胞研究所の妻木範行教授らのグループがiPS細胞を用いた軟骨治療の臨床研究に関する書類を提出しました。もしこの書類が通れば2020年度に初めてのiPS細胞を用いた軟骨治療が行われる見込みです。ニュースでも大きめに取り上げられていたので知っている人も多いかも知れませんが、今回はこの軟骨治療について解説していきます。

iPS細胞を用いた軟骨治療

この記事は2015年に妻木教授らのグループによって発表された論文に基づいて書いています。

妻木教授らのグループは膝の軟骨損傷に対する臨床研究を行おうとしています。

一般的には変形性膝関節症と言われたり、軟骨損傷と言われたりします。研究を行っている人はOsteoArthritis(OA)と呼ぶ人が多いです。

軟骨治療の課題

軟骨は血管が通っていないため一度傷ついてしまうとなかなか元に戻らないという特徴があります。そのため、軟骨組織に穴が開いてしまったような状態になり、放っておくとどんどん穴が広がって激しい痛みが出ます。

傷がついてしまう原因としてはスポーツ選手などでよくみられる負荷のかけすぎや年齢、自己免疫による過剰反応など様々なものがあります。

完全に治療する方法はなく、現在はマイクロフラクチャーと言って、軟骨と軟骨の下の骨に細かい穴をあけて骨髄液を染み出させる方法が一般的です。これにより、染み出してきた骨髄中の細胞が軟骨を再生してくれます。

しかし、この方法では回復した軟骨の質が悪く、患者の予後が悪くなってしまいます。

人工関節に入れ替える方法もありますが、免疫系が人工関節に反応してしまう場合があったり、元の滑らかな動きが再現できないと言う欠点があります。

最近では軟骨組織を取り出して体外で培養して増やした後に軟骨組織の穴の開いた場所に移植する、という方法が開発されてきています。

ただ、培養している間に軟骨細胞が劣化してくることが分かっています。そこで、iPS細胞から軟骨細胞を作り出して移植するという方法が検討されてきました。

iPS細胞を用いる利点

今回の臨床研究ではiPS細胞から直径数ミリ程度の球状の軟骨組織をいくつか作成し、この球状の組織を数十個程度穴に移植するという方法が用いられるようです。

実際に論文ではマウス、ラット、ミニブタで軟骨の治療ができています。

また、この論文の中でiPS細胞から軟骨に分化させる方法も開発されています。ただし、成熟した軟骨細胞ではツルツル滑るためうまく軟骨の穴に収まらないようです。

そのため、未成熟な細胞を移植して治療を行っています。

体内で成熟した軟骨細胞になっているかと言われると微妙ですが、周りの軟骨とも一体化しているように見えます。

iPS細胞の安全性

気になるのはiPS細胞の腫瘍化です。iPS細胞は癌細胞と同じように無限に増殖する能力があるため腫瘍化するのではないか?という心配があります。

しかし、何例か動物実験を行っていますが、今のところ確認できていないようです。

他にも軟骨に移植した細胞が他の組織に行ってしまわないか検討しています。

これについても細胞の中のRNAというものを検出する方法で確認しています。とても微量のRNAも検出できるため信頼性の高いデータが得られます。この方法により軟骨以外の組織で人のRNAが含まれていないことを確認しています。

臨床研究は他家の細胞移植を検討しています(他人のiPS細胞を移植すること)。他人の細胞を移植しても問題ないのか?と言う疑問がでますが、これについては近日別の論文を元に書くつもりです。

ちなみに、今回の動物実験ではSCIDと呼ばれる免疫反応を起こさない動物を使っているため、免疫拒絶されませんでした。

まとめ

OAの患者は日本に1000万人近くいるとされています。

世界でもこの病気を持っている患者は多いため、この方法が確立されれば世界に大きなインパクトを与えれます。

ただし、他の世界中の企業でこの病気の治療方法を開発しているのでこの方法がゴールドスタンダードになれるかは分かりません。

病気でQOLが下がっている人たちの人生が改善されることを願います。

参考文献

Generation of Scaffoldless Hyaline Cartilaginous Tissue from Human iPSCs

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